実は私は子供のころ、人間には“大人”と“小人”も2種類がある、と思い込んでいました。といっても、精神的な部分のことですが。
変声期を迎えて声変わりするのと同じように、子どもが成長すると、ある時を境にして、精神構造が大人のものへと変化する、というようなイメージだったように思います。
残念ながら、現在の年齢に至るまで、その劇的な変化は訪れていません。
我が子を授かったときにも、そのことを考えました。
親になったことを機会に、私は考え方を変えなければならない。子どもに対しては、大人として接し、決して感情的にしかってはならない。
そんなことを思ったように覚えています。
常にいい父親像をイメージしながら子どもと接していたかもしれません。
ところが、ある時考えが変わりました。
我が家では一人息子であるために兄弟はいません。兄弟けんかもせず、近所の同じ年代の子どもを持つ家庭の皆さんにもかわいがっていただいている状況はとてもありがたいものでした。しかし、その状況がいつまでも続けられるものではありません。
いずれは他人に囲まれる生活を送り始めなければならないのです。
兄弟にももまれることのない彼には、もっと強さが必要なのでは。
そう考えたのです。
その時、私は息子への接し方を変えることを決心(というほど大げさではありませんが)しました。時には、大人気ないと思えるほど感情的にしかることで、そういう状況への免疫を持たせよう、と考えたのです。
家庭では使わなかった悪い言葉も駆使(?)し、怒鳴りつけました。きつく叱ることで私自身の心も痛みました。しかし、このことで息子にある程度の免疫をつけることができたという実感は持っています。