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マレーシアの通貨危機

1997年のタイの通貨危機は近隣諸国にも飛び火しました。
マレーシア・リンギも通貨の下落に悩まされていました。
そんな時、私は数台の大型建設機械を購入することになりました。
日本製のあるメーカーの新古車でした。購入した現地の建設会社が請け負うはずだった大型工事が経済の混乱で中止になってしまったためにの転売でした。
イギリスの会社に転売が決まったものの、売買契約書はマレー語でした。そこで私は現地で付き合いの長い会社に関与を依頼してリスクヘッジをすることにしました。
オーナーは購入したとはいえ、支払いのほとんどが債務として残っているはずで、そのオーナーにはうっかり全額を支払うことはできません。その点をクリアにするには弁護士に依頼するか、現地事情を詳しく知っている信頼できる人間に依頼するかです。
私は後者を選びました。

また、その機械はイギリスの会社を通じて、アメリカに輸送することになりました。
タイバーツの為替相場の乱高下で翻弄された私は、今回は事前に代金をマレーシア・リンギで日本の口座に用意することにしました。US$で50万ドル程度の支払いを受け取り、マレーシア・リンギの預金口座にexchangeしたマレーシア通貨を預金した後、私はマレーシアに飛びました。
現地で最終の商談をして、長い付き合いの友人と食事をして、やれやれと一息ついた翌朝のことです。その事件は起こりました。

『マレーシア政府、マレーシア・リンギの国際送金を禁止!!』

ソロス氏をはじめとする外国のファンドの第2の標的になることをおそれたマレーシア政府はなんと通貨の国際取引や交換を禁止してしまったのです。私が日本に用意している50万US$相当のマレーシア・リンギは動かすことのできない紙切れになってしまうのです。私はすぐに日本の取引銀行に電話をいれました。
私の銀行の外国為替担当者が言うには、その銀行にマレーシアリンギの預金を持っているのは日本で二人いたとのことで、その通貨については、なんとかします。との回答でした。
とりあえず私はマレーシアに送金をしたい旨を伝えて、日本からの連絡を待ちました。
次の日、日本の銀行から電話が入り、その銀行のマレーシア支店を通じて送金できるようにしますので、本日手続きを取って良いですか?とのこと。指をクロスさせながらお願いしたものの、実際入金が確認されるまでは肝を冷やしました。

このときばかりは、好きなマレー料理骨肉茶も喉を通らなかったですねえ。

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